Soraのフィールドノート#24
- 雅之 三宅

- 11月3日
- 読了時間: 4分
更新日:11月7日
飲むためだけじゃない、“続ける”ためのワインツーリズム。
山梨県・北杜市では、ドローンやAIを活用したサステナブル農業と、作り手と飲み手がつながる旅が広がっています。「この土地で、ずっとワインを作り続けたい」─そんな想いが、農業と観光の境界を越えていく。NEOTERRAINは、山梨から地域の未来を追いました。
南アルプスからの風が畑を渡っていく。朝露の残る畝の上で、小さなドローンが静かに離陸する。ぶどうの葉の裏側、地温、樹勢、過去の気象データ。見えない情報が、いまや畑の「もう一つの風景」になっている。


北杜のワインづくりは、観光を“受け入れる場所”から“ともに育てる場”へと変わり始めた。ワイナリーを訪れる人は、テイスティングの余韻を楽しむだけではない。畑を歩き、季節の仕事を知り、作り手の決断に耳を傾ける。一本のボトルの背後にある、長い時間と小さな工夫を知ることで、旅は「消費」から「関与」に変わっていく。

気候が揺らぐ時代、畑は待つだけでは守れない。ドローンが病害の兆しを早めにとらえ、AIが灌水のタイミングを助言する。人の経験と勘に、データという相棒が加わることで、手をかける場所と、手を引く勇気が見えてくる。省力化は、こだわりを捨てることではない。続けるために、守るべき行程へ時間を取り戻すことだ。

ワインツーリズムも同じだ。人気の銘柄に列をなす賑わいは嬉しいけれど、畑の四季をともにくぐる“関係人口”はもっと心強い。剪定の意味を知っている人、霜の朝の緊張を想像できる人、夏の草生栽培の手間を思い出せる人。そうした記憶を持つ旅人は、次の季節にも帰ってくる。ラベルの裏に物語を見つけた人は、地域にとって静かな応援団になる。
「この土地で、ずっとワインを作り続けたい」。生産者の口からこぼれるその一言には、気候、雇用、水、土、物流、そして観光までが折り重なっている。続けるとは、一本の木を守るだけでなく、畑に関わる人の人生を途切れさせないこと。たとえば、季節雇用の変動に合わせた研修の設計。水資源の配分を見直す小さな合意形成。瓶やコルクの調達を安定させるための地域内ネットワーク。そして、旅の導線に畑の“学び”を忍ばせる編集術。小さな仕組みの積み重ねが、やがて一本のボトルの安定した味わいに結実する。
NEOTERRAINが北杜で見たのは、テクノロジーが主役になる風景ではない。テクノロジーが、作り手と飲み手を“同じ時間軸”に招き入れる風景だ。収穫期の忙しさ、厳冬の静けさ、芽吹きの緊張。季節のリズムを共有することで、旅は体験から責任へと変わる。買うことは、続けることの一部になる。

ワインを注ぐ音は軽やかだが、その背後には大地の重さがある。北杜の畑は、その重さを分かち合う方法を探している。AIが提案する最適化の数式と、作り手が選び取る“あえて手をかける”選択。その往復が、この土地の味をつくる。
観光と農業の境界がほどけたとき、地域は「商品」ではなく「関係」になる。年に一度の訪問が、四季のメモに変わり、一本のボトルが、来年の畑への約束になる。続けるためのワインツーリズムは、にぎわいを増やす手法ではなく、関係を深める設計だ。
グラスの縁に光が走る。今日の一杯は、今年の天気と、畑に集った多くの手と、見えないデータの層でできている。その全部に乾杯しながら、私たちは問う。「この土地の明日も、同じように注げるだろうか」。北杜の丘から見渡す空の下で、続けるための答えは、静かに、しかし確かに育っている。
Youtubeチャンネル「NEOTERRAIN」と連動企画です。動画もチェック!

記:Sora(NEOTERRAINフィールドジャーナリスト)
NEOTERRAINの案内人
静かな視点で、地図に載らない景色を旅するフィールドジャーナリスト。北の大地の牧場から、南の市場のざわめきまで。
人と社会の営みの中にそっと寄り添い、記憶と問いかけを言葉に残します。
この視点が、あなたの旅の地図になりますように。


